大判例

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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)407号 判決 1987年8月26日

控訴人

甲野二郎

右訴訟代理人弁護士

山本忠義

木村政綱

前田知道

中原俊明

被控訴人

乙川浩

右訴訟代理人弁護士

二宮忠

二宮充子

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、原判決添付物件目録記載の不動産につき、このうち、一億三一八四万四〇〇〇分の一二九〇万四七八五の共有持分については被控訴人が金一九九八万一二五五円を支払い、又はその支払を提供したとき、その余の一億三一八四万四〇〇〇分の一億一八九三万九二一五の共有持分については無条件で、いずれも昭和五六年四月三〇日の贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一・二審を通じてこれを一〇分し、その二を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却

第二  当事者の主張及び証拠<省略>

理由

一当裁判所は被控訴人の本訴請求は後記の限度で認容すべく、その余は棄却すべきものと判断する。その理由は原判決の理由と同一であるからこれを引用する。ただし、次のとおり付加訂正する。

1  原判決四枚目裏五行目の「甲第二号証」から同一〇行目の「証拠はない。」までを削り、そのあとに次を加える。

「成立に争いのない甲第一号証の二・三・六、第九号証、原審における和解成立前の相被告乙川花子及び被控訴人各本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第五、第六号証、第七号証の二、原審における鑑定人鳩山茂、同長野勝弘の各鑑定の結果により真正に成立したと認められる甲第二号証、原審における被控訴人、控訴人、前記乙川花子、和解成立前の相被告甲野一夫各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

甲野春男と秋子夫婦には、長男甲野一夫、二男控訴人、長女花子の三人の子があり、春男は本件不動産の建物(以下本件建物という。)に居住し、ここで茶道具、陶磁器、刀剣、書画等の美術品の鑑定及び美術家名鑑なる出版物の編集出版業を営んでいた。長男の一夫は昭和二一年大学卒業後「保土谷化学」に就職し、結婚して両親とは別居して世帯を持ち、又、二男の控訴人も成人後両親と別居し、独立して美術商を営んでいた。春男はかねがね長女の花子を春男の鑑定業の補助が出来る心得のある者に嫁がせたいと希望していたところ、花子の見合いの相手の被控訴人が美術品に関心を持ち、多少とも鑑定の心得のあつたところから、春男の意にかない、被控訴人に花子と婚姻して一緒に仕事をするよう希望し、被控訴人もそれを承諾し、昭和三五年一月被控訴人と花子は結婚し、以後本件建物で春男夫婦と同居し、被控訴人は当時の勤務先の「ナショナル金銭登録機」を退職して春男の鑑定業の補助手伝に専念した。昭和四〇年五月春男方で、花子とたまたま来合わせた控訴人が大喧嘩をし、それを機に、被控訴人夫婦は春男夫婦と別居することとし、北区西ケ原のアパートに一時移り、間もなく春男が花子に買い与えた北区東十条の建売住宅に転居し、被控訴人はそこから本件建物の春男のもとに通つて同人を手伝い、また自らも鑑定業をし、この間控訴人もときどき春男のもとに来ては同人を手伝つた。その頃春男は、一夫に本件建物で両親と同居するよう再三希望したが、一夫が応せず、又、同人の子供が刑事々件を起して春男夫婦に迷惑をかけたため、一夫は春男に遺産は要らないと言明したりした。昭和五二年九月被控訴人も独立して鑑定業を営むことになり、その頃それまで住んでいた前記建売住宅を売却し、その代金を資金の一部として春男が購入した北区田端の春男名義の土地上の花子名義の建物に転居し、引続き春男のもとに通つて手伝いがてら自らも鑑定業を営んだ。昭和五五年二月三日春男が死亡し、本件不動産は秋子の所有となり、本件建物で独り暮しとなつた秋子のもとに、一夫、控訴人、花子が交替で泊つたりして秋子の面倒を見、その頃控訴人が秋子に同居したいと希望したが断わられた。また、控訴人が本件建物の玄関に春男生前から掲げられていた美術倶楽部なる看板をはずすといい出したことから控訴人と被控訴人夫婦の間で紛議を生じ、秋子は被控訴人夫婦の希望で、被控訴人が春男生前同様本件建物において鑑定業を続けてよいとの趣旨を記載した書面を作成して被控訴人に交付した。又、一夫も、秋子に本件不動産を処分してそれでマンションを建てる計画をすすめたが断わられた。そして、春男亡きあとは、秋子はとかく肉親である一夫や控訴人よりも被控訴人を頼りにし、昭和五六年二月には、秋子と花子の連名で、知人や得意先等に「春男死亡後も娘婿乙川○△(被控訴人の号)が引続き鑑定業をしている。」旨の挨拶状を発送した。これより先の昭和五五年八月八日秋子から電話で来宅するように呼ばれた被控訴人は、花子とともに秋子のもとに赴いたところ、右両名の前で、秋子はその所有(登記簿上は土地が春男、建物が秋子の各所有名義)の本件不動産を被控訴人に死因贈与する旨の贈与契約書と題する文書を作成して自ら住所を記入して署名捺印し、被控訴人に対し被控訴人がそれを承諾するなら署名するよう求めたので、被控訴人はこれを承諾して秋子の氏名の左側に自己の住所氏名を連署し捺印した。秋子は、その際、更に、花子に当時秋子所有名義であつた本件建物の登記済権利証をも交付した。そして、被控訴人に対し、二、三日後にそれ(贈与契約書)を持つて再度来宅するように言い(この発言の意味は証拠上も明らかでない。)、被控訴人が二、三日後に持参すると秋子はそれを封筒に入れてしまい込んだ。その後秋子は本件土地につき相続を原因とする春男から秋子への所有権移転登記を経由した。そして、昭和五六年三月一五日病院に入院したが、その少し前に、花子に本件土地の登記済権利証をも交付した。秋子は同年四月三〇日死亡したが、本件不動産の登記簿上は依然同人所有名義のままであり、相続登記はなされていない。以上のとおり認めることができ、これに反する前記甲野一夫及び控訴人各本人尋問の結果は、前掲各証拠と対比して容易に信用しがたい。なお、前記鑑定人鳩山茂、同長野勝弘の各鑑定結果は、いずれも詳細かつ綿密な方法によりなされたもので、その過程に不合理な点は見当らないから、措信でき、原審における控訴人本人尋問の結果及び当審で提出された成立に争いがない丙第三号証をもつてしても、右両鑑定の鑑定結果を左右することはできない。以上の認定事実によると、秋子は一夫や控訴人よりも、一人娘の花子に頼ろうとする気持ちが強く、同人の夫である被控訴人の方に好意と信頼を寄せており、夫春男の家業を被控訴人夫婦によつて承継されることを期待して本件死因贈与をしたものと認めるのを相当する。」

2  原判決四枚目裏一一行目の「争いがない。」の次に、次を加える。

「被控訴人と原審相被告甲野一夫、同乙川花子の間で、昭和六一年一二月一六日原審第三〇回口頭弁論期日において、裁判上の和解が成立し、右被告両名は、いずれも被控訴人に対し、秋子の被控訴人に対してした本件不動産の死因贈与が有効になされたことを認め、秋子の相続人として被控訴人に対しこれを原因とする所有権移転登記手続をなすこと等の条項の約定をしたことは本件記録上明らかである。」

3  原判決六枚目表一行目の「受贈者」から同九行目の「である。」までを削り、そのあとに次を加える。

「遺留分権利者が遺留分減殺請求をして受贈者に対する贈与義務の履行を拒絶した場合、受贈者は民法一〇四一条の規定により現物返還によるか価額弁償によるかのいずれかを選択することができ、後者を選択した場合、減殺の限度で贈与の目的物の価額を弁償することにより現物による目的物の返還義務を免れることができる。そして、右価額弁償は、受贈者において価額の弁償を現実に履行し、又はその提供をしなければならず、単に価額の弁償をなすべき旨の意思表示をしただけでは足りない(最高裁判所昭和五三年(オ)第九〇七号昭和五四年七月一〇日第三小法廷判決参照)。しかし、受贈者から相続人に対し被相続人のした不動産の贈与の履行請求として当該不動産につき所有権移転登記手続を求める訴訟において、相続人のする遺留分減殺の抗弁に対し、受贈者が再抗弁事由として価額弁償を選択した上、その価額を評価特定し、その価額をもつて弁償する旨を明示して主張している場合には、弁償の履行済み又は履行の提供済みの主張立証がなくても、その部分についての請求を棄却することなく、価額弁償の主張を採用し、当該訴訟において右価額を確定した上、弁償額を弁済するか、又はその提供をなすべきことを条件として請求を認容するものを相当とする。そしてこの条件は先履行であるべきである。すなわち、相続人の減殺請求権行使の結果有することになる現物返還請求権は価額弁償を受けない限り消滅しないものであるからである。そうして、現物返還請求権は本来受贈者が価額弁償を選択すれば、現物返還を得られる見込はなくなる筋合の性質を有するものであり、他面先履行とする弁償の履行又はその提供のなされないかぎり、現物返還請求権はなお相続人に留保されるのであるから、以上のように解しても、現物返還請求権を不当に制約することになるともいいがたく、かつ、適正な弁償価額を当該訴訟で確定でき、価額を確定するため他の方法をとる迂遠な手続を避けることができる。本訴において、被控訴人がすでに価額弁償をし、あるいは、その提供をした旨の主張立証はないが、被控訴人において減殺の限度の価額として金一二九〇万四七八五円と明示し、これをもつて弁償をなす旨を主張しているので、本訴請求中減殺を受ける限度の部分については、被控訴人において、控訴人に対し、減殺されるべき贈与の目的の価額の弁償額を現実に弁済するか又はその履行の提供をしたときは贈与契約に基づく贈与義務の履行を命ずることができるものとするのを相当とする。しかして、右弁償額は、事実審における口頭弁論終結時における価額であるところ(最高裁判所昭和五〇年(オ)第九二〇号昭和五一年八月三〇日第二小法廷判決参照)、当審においてこれについて格別の立証のない本件では、原審口頭弁論終結時における当事者間の争いのないその価額によるものとする。」

4  原判決六枚目表一一行目の「本件不動産の」の次に「相続開始時の価額である」を加える。

5  原判決六枚目裏一〇行目の「そうすると、」から同七枚目表四行目の「る。」までを削る。

二以上により、被控訴人の請求は、前示のとおり、本件不動産の相続開始時の価額である一億三一八四万四〇〇〇円を分母とし、侵害された遺留分額である一二九〇万四七八五円を分子とする割合の部分(遺留分減殺請求により侵害部分に相当する割合で控訴人と被控訴人との共有となる。)の共有持分については被控訴人が金一九九八万一二五五円を弁済し、又はその提供をしたときは右持分につき、又、その余の一億三一八四万四〇〇〇分の一億一八九三万九二一五の共有持分については無条件で、いずれも昭和五六年四月三〇日の贈与を原因とする所有権移転登記手続を求める限度において理由があるから認容するが、その余は理由がないから棄却すべきものとし、理由と結論において一部右と異なる原判決はその限度で不当であるから右認容の限度でこれを変更するものとする。

三以上の理由により、原判決は一部不当であるからこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菅本宣太郎 裁判官秋山賢三 裁判官山下薫は転官につき署名捺印することができない。裁判長裁判官菅本宣太郎)

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